楊巨源は、
字は景山で
蒲中(山西省蒲県)の人、一説では河中(山西省永済県)の人である。貞元五年(七八九)の紳士である。比較的順調な官僚生活を送り、元?(げんじん)や白居易とも付き合いがあった。絶句には清らかな趣があると評されている。
春風は手折られた柳の枝を見捨てようとはせずに、別れを惜しむかのように手の中の枝をやさしく揺すっている。別れてゆく人への惜別の思いを直接表現せずに、春風と柳の枝に託したところに感情の奥行きが感じられる。李白の「手を
揮って
籬より去れば、
汕汕として
班馬鳴く」と一面似ているといえよう。柳の若芽が芽ぶいた様を「
麹塵の糸」と表現したのも奇抜である。江戸時代の儒者
室鳩巣は、この詩の転結句の意味をくんで「なれてふく名残や惜しき青柳の手折りし枝をしたう春風」と歌訳して「楊柳の人にをられてはや木を離れたるとて、春風のそれをよそにして吹きなば、いかに情なかるべきを、なを其の手を去りやらで、おしみ顔に吹くこそ、いとやさしく覚え
侍る」と述べている(石川忠久先生解説)。
麹塵の糸は黄緑色の若芽をつけた柳の枝。
合 掌