今月の法話:鼎州梁山ていしゅうりょうざんに住する廓庵かくあん和尚の『十 牛 図じゅうぎゅうず
 10 『入鄽垂手にってんすいしゅ

10.入鄽垂手にってんすいしゅ
読み下し     入鄽垂手にってんすいしゅ 序の十
 
 入鄽垂手にってんすいしゅ 序の十  柴門さいもん独りおおうて千聖も知らず。自己の風光を埋めて前賢の途轍とてつそむく。ひさごを提げて市に入り杖をいて家にかえる。酒肆魚行化しゅしぎょこうかして成佛せしむ。


   頌に曰く
 胸をあらわし足をはだしにしててんに入り来たる
 土をで灰を塗り笑いあぎとに満つ
 神仙真の秘訣を用いず
 だ枯木をして花を放って開かしむ

  和する 石鼓夷せっこい和尚
 の漢親しく異類いるいより来たる
 分明ふんみょうなり馬面と驢腮ろさい
 鉄棒を一揮いちきして風のはやきが如く
 万戸千門尽く撃開す

 入鄽にってん=街に入る  垂手すいしゅ=教化
 入鄽垂手にってんすいしゅ=衆生済度  柴門さいもん=柴の門扉
 独り=真実まことの自己  おおう=隠す
 途轍とてつ=車輪の跡  酒肆魚行しゅしぎょこう=酒場と魚市場=人間界
 あぎと=魚のえらあご  神仙=仙人
 真=あるがまま  秘訣=宗旨の極致
 枯木=大死一番  者=這と同義
 驢腮ろさい驢馬面ろばずら  花を放って開かしむ=絶後に蘇生
 =勢い盛んに動かす  神仙=仙人
 異類いるい=果位(=入鄽垂手にってんすいしゅ)に到らず因位に居る菩薩
 万戸千門=佛法僧・戒律・規矩等の障壁

意 訳

   まちに入って手を垂れる 序の十(慈遠和尚の提唱)
  千変万化する目前の栄枯盛衰も、徹底静寂な真実まことの自己という永遠のいのちも、柴の門を閉じて覆い隠したが如くに、何にも無しも無い位に何にも無しになって、働くという意識も無しに働き、衆生済度するという意識も無しに衆生済度する境界きょうがいは、どんな聖者もうかがい知ることは出来ないのである。誰も振り向いてくれない位にスッパリポンと赤の凡夫になれたのであって、修行成就の風格の気配も無くなって、近より難い怖さ等どこにも無く、祖師方の歩んだ道さえも歩もうとはしなくなったのである。瓢箪ひょうたんぶら提げて街で酒を買って杖突きながら家に帰るばかりである。賓主互換ひんじゅごかんも糞も無く、徹底俗人に成りきっているので、行く先々で何の計らいもなく人々を成佛させることが出来るのである。

 頌に曰く(廓庵かくあん禅師の頌)
胸はだけ裸足のまんまで街に來た
灰被はいかぶり土に汚れてニコニコ笑い
教外別伝一瞥きょうげべつでんいちべつもせず
なのに枯木に花が咲く

 和する  石鼓夷せっこい和尚
動物界から来たのかな
馬面やろか驢馬面ろばずらやろか
鉄棒一振疾風はやての如く
障壁撃開人間解放